公僕。

今日は私の独り言だと思って聞いて下さい。

私の好きではない言葉があります。

「公僕」 こうぼく。

師匠と私の対話を紹介したいと思います。
おっしょうさん(師匠)↓
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ヤマ 「おっしょうさん、神様と契約して、動く気持ちはどんなのですか?」

師匠 「そうだな、公僕になった気分だな。悪くはないよ、出来ない事が出来るから。」

ヤマ 「公僕、、、公務員とういう気分かぁ、、、」←師匠の後に私は続く時でした。

それは、その時、ふぅん、、、という感じで会話は終わりましたが、後々、
ふと、もっと調べてみると、その含まれている意味の中にあったもの。

・・・しもべっていう意味やないかい。

望んだ道とはいえ、突然、師匠の寿命を伸ばして貰う事と引き換えに、
なった僧侶ですから、そういう事なのは理解はできます。
交換条件とは、相手の言い分も聞く事ですから。

一線を越えて僧侶になるという事が、私にとっては、
それが、神仏の手足になるという意味は把握していて、

私に心があるなんて思われていない様な、
扱いの年月の中、
それよりも、もっと大事な事があると分かっていても、

お前の気持ちは分かると、神に言われても、
優先する事が呑み込めない私の気持ちがあって、

何かの為に動くという事は、
最も重い所に居ると、自分の気持ちは後回しにしないといけない
場面が多々あって、

神を本気で殺してやる、と怒りに震えた事もありながらも、
なんとか腑に落としてやってきて、今があるのですが、
(今は殺意はないです。)
なんでこんな事を今書いているかというと、

こんなメールを頂いたのです。

「私はやまさんを信じてます。
なぜならやまさんはお師匠さんのお話はだされても
神様がどうとか仏様がどうとか
一切おっしゃらない。
(都合のいい解釈はしない)
比べるのも失礼だと思います。ごめんなさい。」

そして、自分で気がついたのです。
それは、自分の経験のせいだなって。

生涯、人に話す事ができない経験もしてきました。
話したいのですが、神に禁じられているのです。

私は、僧侶ですが、多分誰よりも、
神仏に対して冷めた気持ちを持っていて、
そして誰よりも感謝の数を神仏に持っていて、

その経験の中、神様の力よりも凄いのは、
人の愛や底力という事に気がついて、

神仏の加護を分かって感謝しながら、
人の可能性を信じている今の私の発する言葉には、

神仏に対しての言葉の中に、
都合のいい解釈は入るハズはないんですよね。

それを、頂いたメールを見て考えていて、思った事で、
そう言われると、そうだなぁって思ったのです。

私もしっかりと人間で、喜怒哀楽があり、
良い事が起きても、その時の気分で良く感じる事ができない
事だってあるんです。

僧侶になったからって、感情面が優れる訳ではなく、
そうであろうと、努力しているのです。
それは、私を信じてくれている方々に応えたい気持ちがあるからです。

自分が駄目駄目だと思った時に、思いだす言葉あります。

師匠の言葉で、

「大事なお前を残して、、逝かねばならん、、、

この気持ち、こんな気持ちが、、、、、、、」

という、最後の言葉を失っていた師匠の無念の気持ちと、

「お前はワシが出会った中で、最も素晴らしい人だよ。

出会えた奇跡に感謝している。」

という私への想い。

最後まで、できる全てを私にしてくれた、
そうまで想われている私。しっかりしないと、と
気持ちを戻すのです。

私はよく落ち込む方だと思います。
でも、やっぱり上を向きます。

それは、信じているのです。
自分の可能性と、
私を信じてくれている人の心を。

前は私はそうでなければならない。に
縛られていましたが、
今は、そうでありたいと願う気持ちが強くて、

色んな気持ちが複雑に絡んで、
自分の本当が見えなくなる時もあるんですが、

私は、自分の本当に辿り着きたいのです。
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