棘 (超長文です)

これは不思議な話になるのかな、
私の人生に起きた事実を母に話したんですよ。
事実を話したのは初めてです。
今まで、親に心配をかけない様に話をしてきました。

この記事は楽しい話ではないので、読みたくない方はスルーして下さいね。

私はブログでは、こうして公表していますが、
私が僧侶である事は、
親族に無用な好奇心を少しでも持たれないようにする為、
親族の相談に乗る事はしてはいけない事なので
隠していて、
親の知人友人も誰ひとり知らない事なんです。

理由は、私は一般的な僧侶ではないからです。

母には僧侶である事は話していますが、
私の仕事はカラーセラピストとして活動していると話していて、
(私はカラーセラピーの資格も持っています。)

ただ、仕事内容や、活動色々の詳細、私の考え方、人生の捉え方が重い事も、
つじつまを合わせて話すのは大変なんですね。

私は、親に隠さなきゃいけない様な事は、
何一つしてないんですよ。
ただ、理解されにくい事があるから、
言えなかったのです。
人がしないような事を引き受けて活動してきたのです。

結局、謎な理解できない所がある娘と、
誤解に誤解が重なり、知らないから仕方のない
母に悪気は無くても、傷つく言葉を、聞く事もあり、

僧侶になって10年以上経ちますが、
とうとう、もう話そうと思ったんですよ。
特にこの数か月、大変な時期の中、重い話が多かったので、
そんな関連の事を話す事が多くあって。

私が僧侶になったのは、
私を助けてくれた皮膚科のS医師の様になりたかったから。
入院中に受けたS医師のカウンセリングは
素晴らしかったのです。
こんな人が居るんだと思いました。

その辺りから急に現実を超越した色々な事象が起き出して、
見えない世界の不思議な声がしだして、
その内に師匠に出会い、
『僧侶になれば、(末期がんの発覚した)師匠の命を伸ばしてやる、』
と不思議な声に言われて選択の余地なく僧侶になったものであって、

S医師の様にはなりたかったけど、
「僧侶」という肩書きは持ちたいものでは無かったのです。
見えない声の言う得度する(僧侶になる)事とは、
自分の幸せは無く、甘さの通用しない世界で、
世の為人の為に生きる事になる。
という事を私は言われて知っていたからです。

それと、肩書きを持つ事は、
私にとっては戻れない一線を越えるという事であって、
「自分がそういう人である。」と、人から見て確定する事にもなり、
スピリチュアルな面では、生まれた時から、
辛い想いばかりをしてきた私にとって、
本当に悲しい事だったのです。
人の好奇と偏見の目をよく分かっているのです。

ある人に聞かれました。
「ヤマさんは、師匠の命と引き換えに僧侶になったんですよね、
もしも、それが無かったら、僧侶になってます?」

私は言いました。
「ならないですよ、」

ある人は言いました。
「だから、その方法だったんでしょうね」

事ある度に、人の大きな運命が私にかかり、
選択の余地は無かったのです。

一線を越えたら、極端な事ばかり起き、
言葉に出来ない大変さで、
親にクスリをやっているんじゃないかと言われるくらいに、
疲れ果て身動き出来ない日々が続きました。

そんな想いをしている中、悪気は無くても、傷つく言葉を聞くのは、
積年の想いもあり、
気持ちを抑える余りに頭痛がして、もう駄目だなって思ったんです。

私の想いや人生、どうしてそうだったか、そうなったか、
そんな決意をしたか、見えない世界の声の事を話さないと、
どうしても無理のある話になって、
つじつまが合わないんですよ。

それで、不思議な声が現れて、交換条件を言われて僧侶になった事と、
それでしてきた私の人生にあった悲しい想いや、
悲劇があった事も話したのです。

私は号泣しました。

母は言いました。
「信じられない作り話の様な話だけど、
ヤマ子が嘘を話してるとは思わない。」

私は
「頭がおかしく思われる様な事を、自分から言ったりしないよ、
でも、事実でしょうがない。
理解できなくても、そこを話さないとつじつまが合わないから、
一生黙っていようと思っていたけど、
話してるの。

理解できなくても知って貰わないと、誤解されたままだから、
知って欲しい。

S先生の様になりたかっただけなのに、
師匠の命との交換条件で、選択の余地が無かったんだよ。

得度したのを黙っていたのも、
先に話して反対される訳にはいかなかったからだよ。」

それから私の身に起きた悲劇を話しました。
普段の私に冷めた言動がある理由はここにあります。
自分の人生に失望していたからです。

運命を呪い、見えない声の主を殺したかった事、毎日死にたかった事、
自殺してしまいそうな衝動を、
睡眠薬を飲んで止めていて大変だった事。

この世にこんな事ってあるんだと思いました。(超常現象も含めて)
昔話みたいに、頑張っていれば、なんて思っていた事は甘かったのです。

まだ私は生きていますし、結論を話すには早いですが、
自分の人生の中、その時そう思ったのです。

母は、内容よりも、今まで私が何かを黙っていると感じていたものを聞けたのが、
良かった様に私には見えました。

「お母さんは、ヤマ子が僧侶だという事を、
悪い事とは少しも思ってないよ。
ただ、(誤解や好奇心、揉め事を防ぐ為)黙っているのは、
嘘は苦手だから、徹底的に隠す事になって、そんな言い方になってしまう。
悪気は全くないよ。」

次の日、いつもより数日診察には早かったですが、
ずっと私の色々を話してきたS医師のクリニックに行き、
母に話した事を報告したのです。

S医師 「えぇっ!!!
それは、良かったですね。ずっと黙ってきた事でしょう。。
そうだったんですか、、、

は~凄い人生やなぁ、、、僕は最初に聞いた時(初めて入院して出会った頃に)
え!?ちょっと待って何?どういう事って、
ちょっと付いていけない所はあったんだけど、その内に、
僕の周りで、貴方みたいに働く人の話を聞く様になって、
沖縄のユタの人とか、講演を聞いたりしてね、
今は貴方の話に付いていけるし、自然に何の抵抗もなく分かるわ、

こうして、はたから聞いてこんな風に言うのは、
失礼かもしれないけど、
僕は、その経験(悲劇)は貴方のレベルを上げたと思う。
それは一般的なものじゃなくて、
もっと別の域のもの。

僕は、治療の途中に、なんでこんなに治りにくいんだと思っていた事もあったけど、
そんなストレスの中にいたら、その影響も
凄かったんだろうなと、、、

貴方はお母さんが理解出来なくても、
知って貰っただけで良かったんじゃない?

お母さんに話した事はとても大きな変化だと思う。
お母さん変わってくるんじゃないかな。」

私は、母に知って貰って、
肩の荷は降りた感はしています。

外から帰ってくる時、玄関までは泣いて、そこから普通の顏に戻る。
これは私でなくても、多くの方がそういう事はあると思いますが、
いつも何も無かった顏をしていても、そんなのは
分かる事なんだと思います。

もうこれで徹底的に隠していかなくても良くなります。
私にはだいぶ大きな進歩の様に思います。

私はカラーセラピーではなくて、S医師の様な人になりたくて、
S医師が病院でしてくれた様なカウンセリングをしているの、と母に話しました。

S医師は私の憧れです。
こんな人で在りたいというのは、今も変わらないのです。
これからも。本当に人として素敵な人です。

母に話した晩、夢を見たのです。
中指の第三関節の上辺りに棘が刺さっていて、
私は抜くんですが、
ちょっと出てる棘を引っ張ると、
ズル~ンと長さ5センチ、幅3ミリくらいの私の体液でふやけたのか、
柔らかい茶色の少しねじれた棘が取れて、

「長っ!!」とビックリするんですが、

私の心には棘が刺さっている。と以前、
神様が言っていて、
それが出てきたのかな、と思いました。
棘を抜く夢って私には珍しいです。

人の心身の毒を、肌の表面上で、ねじる様な仕草をして、
身体から取り出すという神仏の動きを、私は垣間見た事がある事を
思い出しました。

ブログを書いている事も母に伝えました。

私は歓音セラピーをしていますが、
歓音セラピーは好きな活動です。

大変だったのは、人に話せない水面下の単独行動を、
不思議な声と共にしていた時の経験で、
私の人生は世の為人の為だけにあるんだなと思っていました。

母は言いました。

母 「師匠の寿命は延びたの?」

ヤマ子  「延びたよ、私が僧侶になって一週間後、全部ではないけど、
ガンが突然無くなった箇所があって、お医者さんビックリしてた。ありえない事なんだって、
だから、私はその時から、不思議な声の指示で、動いていたの。
寿命の話はタブーだから、何度話しても、師匠は次の日には話した内容を
別の事を話した事にすり替わってたわ。」

母 「霊感の事、家に起きる事を知っていたの?」

ヤマ子 「私のは霊感ではなくて、神通力っていうの。
私以外の存在の影響を受けて、使える力なんだよ。」

母 「神通力、名前は聞いた事ある。」

ヤマ子 「自分の事も、家の事も分からないよ、悲劇の後、私は自殺しそうになって、
それを見た、不思議な声が、これはもう駄目だって思ったんだと思う。
行者の人生を極めるのと、自分の幸せのある人生。
二つの運命から選ぶように言われて、もう、無理です。って私は言って、
幸せがある方を選んだの。

私は頑張ったご褒美として、
自分の未来は少し聞いているんだけど、これからはいい未来があるって、
結婚相手もいるそうよ。」

母 「そうよね、うん。自分の事は分からないよね。
そっか、結婚できるのか、、、」←顏の表情が明るくなる。

そんな事があった報告です。
私のブログを初期から見て下さっている方々は、
私の当時の記事を見て、本当にハラハラしたと思います。
私は人への影響を考えず、想いのまま気持ちを書いていたから(今は削除しています)

母には全てを打ち明けた訳では無くて、ほんの要点を話した感じですが、
言えない苦しさが少し消えた様に思います。

僧侶になって良かったか、という質問があるとすれば、
私にとって、好きや嫌いの次元のものでは無いから、その感情が無いのです。
でも、私が僧侶になったからこそ、出会った人達とのご縁は本当に良かったと思っています。

ちなみに、この数日後、不安そうに母は言いました。

母 「ヤマ子、ヤマ子にそんな部分(不思議な話)があるなら、世の中の男の人がいたら、
恋愛対象として、僧侶と聞いて、
これだけ減って、凄く恋愛範囲が狭くなって、
その中から探すのは大変だよ、、、」

母は、こんな身振りをしました↓
無lklplplp;l
lllll.png
・・・この不安、私は僧侶になる前にほぼ母の言葉ソックリに、
当時、S医師に相談したんですよ(照)

この時、私は医師としてではなくて、個人的な考えを教えて欲しい、と
言ったのです。
S医師は、私に僧侶になる事を勧めてくれたんですよ。

「僕は貴方は僧侶になったらいいと思うんですよ。
貴方は、分かってくれる人しか好きにならないじゃない(^^)」

範囲は問題じゃない事を教えてくれたんですよ。
広くても狭くても、相手は一人で、

で、S医師のこの言葉で、覚悟が固まって、
僧侶になって、師匠はとても嬉しそうだったんですよ。

得度式の写真の私は、全く笑ってないどんよりを極めた暗い顔で(笑)
黒歴史的写真だったので、処分しましたが、
今となっては、あんなに引いてる表情も、
人を笑わす材料になったと思うので、
残しといても良かったなと思います。

今は、もうあれから10年も経てば、やはり好きや嫌いの感情は無いけれど、
自分の事を秀尚(しゅうしょう)と名乗る時、私を温かい目で
見てくれる方々が浮かび、
善い意味でキリッとするのです。

読んでくれて、ありがとうございます。
そして、私を温かい目で見て下さる方々、
ありがとうございます。

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